クラウドコンピューティングについて詳しい人から見ると、目新しさに欠けますが、もやもやとしている「クラウドコンピューティング」というキーワードをブレークダウンしていくにはいい資料ですね。
今年から日本Javaユーザグループ(JJUG)のスタッフになりました。あと、関わっているJava系のコミュニティー Glassfishユーザ・グループ・ジャパンと日本JavaFXユーザグループもCommunity of Communitiesに入れていただきました。

先月は集中的にクラウドコンピューティングについて勉強していました。いくつか調査会社のレポートを読んだり、クラウド研究会に出たり、ブログや記事を読みました。クラウドコンピューティングはまさにこれから本番というところですが、あえて「終わるとき」という思考実験をしてみることにしました。なぜあえて終わるときと言うテーマにしているかというと、過去数年、様々な技術によって約束されてきた成果が、未だ実感できず、一方では今クラウドコンピューティングが約束しようとしている内容が異口同音に同じだからです。本当にクラウドコンピューティングは今抱えている問題を解決してくれるのでしょうか。

何かが終わるとき、というと何かが限界に達したことによって技術的、経済的、政治的に成り立たなくなった時です。クラウドコンピューティングのように技術的な側面が色濃い場合でも、経済的・政治的な影響力は無視できません。これまでに人類が経験した限界でいうと、環境汚染による限界がすぐ思いつきます。
- 排気ガスは無限に空気が薄めてくれると思っていたら、やはり空気は有限で汚れて問題を引き起こしました。
- 排水は無限に海水が薄めてくれるとおもったら、やはり海水は有限で汚れて問題を引き起こしました。

いま、クラウドコンピューティングで夢描いている途中では、「コンピューティングパワーは無限に拡大できる」という風潮になっていないでしょうか。ムーアの法則はIntelをはじめ様々な半導体メーカーの努力によって30年以上を経過した今も維持されていますが、多くの研究者が数年以内に限界が来るだろうと予測しています。また、そもそもムーアの法則は、半導体の集積度と価格についての法則であってコンピューティングパワーに関する法則ではありません。仮にムーアの法則が維持されて続けたとしても、コンピューティングパワーが増え続けるとは限りません。

最近ではCPUもマルチコア化が進んでおり、計算能力もクロックアップ一辺倒だった頃と比べると比較にならないほどの速度でパワーアップしています。クラウドコンピューティングのテクノロジーは、マルチコア/マルチCPUに親和性の高いアルゴリズムを利用するため、この恩恵を強く受けています。

Source: Amdahl’s Law (Wikipedia)
一方、マルチCPUアーキテクチャにも限界があり、アムダールの法則はその理論的な限界を唱えています。この法則を単純に信じる限り、ムーアの法則の終わりとともに、クラウドコンピューティングは終わりへと近づいていくように思えます。
一方、Amdahl’s Law in the Multicore Era (Google TechTalks)では、コア・アーキテクチャとアルゴリズムを工夫することによってもっとアムダールの法則を超えてもっと効率的な処理が可能だと主張しています。このような研究が進むことで、クラウドコンピューティングの寿命はもっと延びるかもしれません。

次に考えるのはデータセンターの建設場所です。土地は有限ですし、発電所を建てても十分に採算がとれたり、環境上問題が発生しにくくする条件を考えると、無尽蔵に拡張できると考えるわけにはいかなさそうです。コンテナ型データセンターや、地中データセンター、海上データセンターなどいろいろなコンセプトが出てきていますが、廃熱効率が良かったり、電源確保が容易だったりするメリットはあっても、やっぱりそれらは有限の資源を元につくりあげられます。このため、いかにGoogleさんといえども、これ以上大きなデータセンターを持つことができなくなる時代が、そう遠くない未来に来そうな気がします。

今回は簡単な思考実験だったので、いつ頃にクラウドコンピューティングが終わるかまで考えませんでした。結論としては、いつかは終わるだろうという程度になってしまうんですが、クラウドコンピューティングの謳う将来的なコスト削減予想に対して、少し判断材料のような素材が手に入ったような気がします。もう少し時間ができたら、具体的な数値を使って検討してみたいところです。
日曜は久しぶりに自転車で3時間ほど走ってきました。羽田方面にサイクリングしたのは9ヶ月ぶりということらしい。しかも、去年の9月ということは引っ越しをしてから初めてということか。そういえば、引っ越し前の川崎の家と、今の目黒の家を引っ越し中に往復した以外、ほとんど多摩川に近寄ってない。

サイクリングロードも結構変わっていて、いままさに工事中の場所や、整備が終わったところもあった。羽田付近で、いつも折り返し地点にしていた大師橋手前の、柵があったところが、自転車が通れるように整備されていた。通りにくかったので折り返し地点にしていたけど、整備されて通りやすくなっていたので今回はいつもより遠くまで行ってみた。

羽田空港は2010年10月完成予定の新国際ターミナルが建設中で、モノレールで上から見た景色とは違って建設中の雰囲気がとても良かった。せっかくなので、もうすこし飛行機が大きく見えるところまで行って引き返してきました。

日本の携帯電話はガラパゴス化した(=世界標準をよそに、独自の進化を遂げた)と言われています。日本の携帯がもつ多機能・小型という方向性は現在世界標準も少しテイストは違っても、遅れて世界標準側も追従しているように見えます。このため、ガラパゴスでしかみられない動植物のような奇抜な生態系となぞらえて日本の携帯電話を批判するのは議論におもしろみがありません。思考実験として、もっとガラパゴス化した、奇抜な携帯電話を考えてみることにします。EngadgetやNY Timesなどに「クレイジーだ」とかかれるぐらいのアイデアを目標にしたいと思います。

鉄アレイ携帯。ボタンもそれぞれグッと押し込まないと押せない設計。長電話をしたくなくなるか、腕の筋肉がものすごく強化される。

丸太携帯。オリジナル携帯の極みとして、自分でボディーを彫刻するタイプの携帯。使い始めるまでに2〜3ヶ月はかかりますが、基本料金は別途必要です。

DVDのリモコン風携帯。DVDのリモコンみたいな大きさで、握りやすい。ディスプレイは取り外し可能で、左右入れ替えができる(左利き・右利き対応)。発展型としてプロジェクタ内蔵バージョンで、テレカンに使える。どこでもビデオ会議。
最近、傘が立て続けに3回盗まれてしまいました。ビニール傘はしょっちゅうあることですが、普通の傘も3回。最後はラーメン屋さんでラーメンを食べていたら、誰かに持って行かれました。ラーメン屋さんの好意で持ち主不明のビニール傘をもらったのでぬれずにすみましたが、その日の傘はその4時間前に買ったばっかり!むしゃくしゃしたついでに、家に帰るまでの間に、盗まれにくい傘があるとしたらどんなんだろうと想像を巡らせました。また、実現するとした場合の条件も考えます。
- アイデアを追加しても、あまり価格に大きな影響を与えない。傘はせいぜい300〜1,000円ぐらいで売っているので「盗まれにくい」という微妙な付加価値では、よくて100円アップぐらいまでしか買う気にならない。
- 面倒くさすぎない。ロックのためにわざわざ暗証番号を設定するとか、そこまで手間をかけるのも面倒くさい。
- 電子制御は入れない。価格的な問題もあって、電子制御系のアイデアは今回採用しない。傘に電池とか、基盤とか入れてもちょっと。それに、素朴な仕掛けのほうがおもしろいはず。

その1。スイッチを押すと、柄がギザギザになって持ちにくくなる。トゲの部分は見た目でビビらせれば良いので、ゴムなど柔らかい素材でもいい。

その2。柄が取り外しできる。問題点は、(1) 壊れた傘と思われて捨ててしまわれるかもしれないこと (2) 柄の強度 (3) 自分の傘がどれかわからなくなること。

その3。柄の内側が柔らかくて、にぎったときに気持ち悪い。

その4。柄が回ってすこし持ちにくい状態でロックできる。問題点 (1) ちょっと持ちにくいだけなので、そのまま持って行かれる (2) ヒンジの強度が弱くなり、そのうち変なところでロックされそう。

その5。柄の内側にブラシ状の毛が生えていて、にぎると気持ち悪い。

その6。柄の半分が縦にスライドして2つに分かれて、持ちにくくなる。この状態で固定できる。指詰め注意!

その7。柄の部分にべとべとするカバーを付ける。当然、持つと気持ち悪い。カバーは裏返して収納できる。

その8。傘を開くときに、音が鳴って恥ずかしい。あるいは、自分の傘が開かれたことが近くにいれば分かる。自分も普段使うときすこし恥ずかしい。盗難防止効果というより、お子様向けにはウケるかも。傘をおいているところが、傘を開く場所と離れていた場合、盗難防止の抑止効果はほとんどない。

その9。持ち手のところがスライドして固定できる。
ゴールデンウイークど真ん中の5月4日。京都に宿を取ろうと、ネットで探しても全然みつからず、セゾン・プラチナ・アメックスのトラベル・サービス・オフィスで宿を探してもらいましたがこちらもダメ。直接ホテルに電話したり、提携旅行会社などいろいろ探していただいたようでしたが、どこも満室とのことで、あきらめて岐阜に行くことにしました。なぜ岐阜か?新幹線や、在来線を含めて京都〜東京はしょっちゅう行き来するのに、岐阜には一度も降りたことが無かったからです。地元の滋賀はもちろんのこと、名古屋、豊橋、浜松、掛川、静岡、富士、三島、熱海、小田原など他県の新幹線停車駅にはだいたい降りたことがあります。

岐阜で知っている駅というと、在来線で移動するときによく乗り換えをする大垣と、新幹線がとまる岐阜羽島。今回はそのどちらでもなく、西岐阜駅付近に宿を取りました。これまた下調べを何もしていかなかったので、岐阜を半日あるいても岐阜らしい風景に出会えませんでした。

普通の田園風景、普通の県道、普通の駅前。自分の知っている地方都市は、どこに行ってもたいてい同じ風景です。AEONやMYCALの大規模ショッピングセンターがあって、ヤマダ電機かEIDENのような郊外型電気店があって、娯楽施設というとパチンコやさんが点々と県道沿いにあるという風景です。よく観察すると少しずつ違いがあると思いますが、下調べの無い状態で半日ぐらい歩いたぐらいではその違いはほとんど分かりませんでした。どうして、こんなに日本全国同じような風景ばっかりになったのか、原因をいろいろ考えながら歩いていました。

合理化、大型資本の進出、フランチャイズ業態の浸透、流通の進歩、マスメディアの影響。どれか一つの要因によって変わったということではないでしょう。一方で、その土地の文化や特色はどこに残ったのかも考えていました。今回は大きな県道沿いを歩いていたので全然気づけなかったんですが、もっと細い生活道路を中心に歩いてみたら、道路沿いの標識や看板、お地蔵さん、家の雰囲気などいろいろ違いが発見できたんではないかと。もう少しじっくり時間をとらないと実現は難しいですが、そういう観点で旅をすると楽しそうですね。
t_yanoさんが「多くの人々の視界からPC的なるものは消え去って行くのか」というエントリでおもしろそうなことを書いているのでそれについて個人的な考察。最近、仕事で扱う主なターゲットがサーバから携帯になったこともあって、この手の思考実験は通勤中などにほぼ毎日考えています。その中でも最近一番気になっている主張が、MITの前田ジョンという人の「コンピュータは道具ではなく素材である」という考え方。

3年ほど前にパソコン(iBook)が壊れた時には、3週間ぐらいパソコンも使えないし、インターネットも(家では)にできない状態になって、そのとき何に困ったか思い出してみます。過去のデジカメの写真がみれなくなったとか、ブログが書けない、という程度の不便はあったものの、他は特にさしあたって困ったこともありませんでした。昨年は携帯が2週間ほど使えなくなって、そのときに困ったことといっても特に思い出せません。普通の生活をする上で、携帯もパソコンもあまり重要な位置を占めていなかったということが当時はっきりと分かったことだけは覚えています。

必要不可欠に思えていた道具が、いざ使わなく(or 使えなく)なってみると、最初の数日は不便を感じるものの、2週間も経てば別に必須ではなかったことに気づく。使わなくなって久しいものでは、ウチでいうとテレビ。昔はテレビっ子だったけれど、もう何年も家ではテレビを見てない。代わりにラジオを聴くようになったけど、この間ステレオが壊れてしばらくラジオも聴けなくなったときも特に支障がなかった。たぶん、PCとか、携帯とか、テレビは生活スタイルという一見安定的なシステムに組み込まれた素材の一つなんじゃないだろうか。冷蔵庫に残ったあり合わせの素材でもおいしい料理が作れるように、あり合わせのガジェットで生活スタイルを作り上げていく能力はきっと多くの人が持っているんじゃないかなあ。

一方、生産システムとか、商業的に使われる意味においてのコンピュータは私たちの生活スタイルを支えるコンピュータの意味とは全然違っていて、無くなったり使えなくなると仕事が成り立たなくなることがほとんど。これは、今日コンピュータで行っている作業を、人手による作業に置き換えた場合にコスト上、ビジネスが成り立たなくなるまでに状況が変化しているからなんでしょう。
VISAがオーストラリアでやっているCMで、技術進化が20年前で止まった世界、というのがあります。タイプライタを持ち歩いたり、一抱えある大きさの電話やテレビを持ち歩いたり。20年前の道具を、今風に使うとどうなるかというシミュレーションでとても興味深い映像ですね。20年前、テレビを電車の中で見るということも無かったし、電話も持ち歩くのではなく、探したり借りるものだったのが技術進歩によって利用シーンが広げられたことを再認識することができます。AppleによるiPod発表の時、スティーブジョブズが、iPodは1,000曲も入るポケットサイズのプレーヤで、1,000曲とはあなたが持っているほぼすべての音楽です。と言っていました。確かに、僕が当時持っていたCD/DVD合わせても1,000曲に満たなかったと思います。たった7〜8年後の今では手元に1,000曲を遙かに超える楽曲やPodcastといったデータが手元にあって、それを納めきることができるiPodのようなデバイスや、携帯電話が無理のない価格で手にはいるようになりました。

音楽一つをみてもテクノロジーの進歩と、Appleをはじめとする様々な企業による「仕掛け」によって私たちの価値観は確かに変わったし、結果として生活スタイルは大きく変えられました。この傾向は今後も続くでしょう。一方で、しばらく使わなくなったら、必要性をさほど感じなくなるという危うさも抱えているのも確かです。コンピュータを「道具」であると考え続けていると、ある瞬間に、どんなに高性能で安価な道具であったとしても、生活を構成する素材にならないという理由によって使われなくなってしまうという危険に気づかないままになりそうです。PC的なるものが消え去るときが来るのは、代替する何かが現れたときではなく、生活を構成する素材として認識されなくなったときなんでしょうね。



