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Takayuki Okazaki's blog

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はてなブックマーク - 開発プロセスについて思うこと

オープトーンの佐藤さんのところでオープンソースで開発プロセスを作られているそうです。でもちょっと違うな、と感じるというか、もはや口出しできる状態ではないような気がするのでこちらからコメントさせていただこうと思います。

アジャイルは「変化に強い」という幻想

「変化に強いプロセス」というのは存在しないと思っています。アジャイルも、RUPも決してその性質として「変化に強い」ということは無くて、偶発的に「変化に強く見えている」ということにすぎないというのがその考えの根拠です。
本来、プロセスはその意味通り、一連の決まったやり方によって作業なりをこなすことであって、そもそもプロセス化可能であるというのは既にその作業について一定の経験の蓄積があってこそできるのであって、「変化に強い」というのはそもそもプロセス化されていないということにほかならないためです。

アジャイルやRUPが「変化に強いように錯覚されている」のは、ウォーターフォールのような旧来のプロセスに比べて最終コストが低く抑えられたためだと思うし、「最終コストが低く抑えられた」ことを「変化に強い」という解釈をするのは生兵法は怪我のもと、なんて言いたくなるぐらい。

足して二で割るという危険さ

プロセスは、消しゴムと鉛筆をくっつけたら便利になった!というような、成果物を作る過程において素材を足して二で割るのと違い、その作業過程には大きなリスクが混じり込むように思います。

たとえばソフトウエア製品を思い出していただければわかりやすいと思うけれど、ソフトウエアというのは、それ自体一連のプロセスとなっていて、あるソフトウエア2つをくっつけて一緒にするという作業を想像したとき、例えばWordとExcelを完全に一つのソフトウエアとして統合する、という作業を想像してみると、たとえばWordとExcelはそれぞれ成熟したソフトウエアであって、巨大なプロセスの集合体です。それらを統合しようとするのであればファイル形式から利用形態まですべてを抽象化した上で統合しなければ、上っ面だけ統合された(例えば昔ならMS Worksなんてのがありましたが)ソフトウエアになるだけであって、それは統合された、というよりは集約された、というだけに他ならないように思うからです。

プロセスを集約する、という作業自体が無意味であるという訳ではないけれども、そのアプローチは潜在的に分裂も容易である、と思えるし、そう陥ればこのプロジェクトは求心力を失いかねないし、一枚岩ではないものでは訴求力も分散する危険性を感じるためです。

権利関係について

この開発プロセスはオープンソースを謳っているものの、仮に深意は無いとしても制約が大きすぎるように思います。たとえば権利関係についてのページの次の項目(2006年8月22日時点)。

本プロセスならびにプロセス内の雛形集は商用・非商用に関わらず
自由に使用することができます。ただし、本プロセス自体ないし、
改変を加えたものを商品として販売することはできません。

とのことですが、プロセスの販売を禁じるのは結構厳しいかと。最悪、GPL汚染呼ばわりされかねない危険性があるように思いますがいかがでしょう。たとえば、SIであるA社が顧客であるB社に対しこのプロセスにA社のノウハウを詰め込んだ上で提供しようとしてもできない可能性があるのでは?

One Comment

  1. 佐藤
    8:34 PM on 8月 23rd, 2006

    ★アジャイルは変化
    これはそのまま幻想ではないような。
    まあ、リアル議論を待つ?

    ★足して2で
    まあ乱暴にそう書きましたが、実際はWFを洗いなおして、組みなおし、
    使えそうなプラクティスを採用する。ぐらいに思っています。

    ★権利関係
    権利関係は、取り込んだ人が商品にする→他の人が制約を受けるというのを防止したいのと、「このプロセスそのものがうちの商品です」といわれるのがこまるなあ・・・という程度です。